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    オックスフォードの一日 

    乙「昨夜のコンサートは楽しめたかい」
    甲「はい、とても気に入りました。カレッジ(ホール)も素敵でしたね。」
    乙「夕食も大丈夫だったかい」
    甲「紹介してくださった英国パブに行かせてもらいました。感じの良いところでした。」

    初老の男性は大きな笑顔を返してくれた。
    彼の雰囲気や履いている靴、服装から明らかにホステルに泊まるような身分でないことに改めて気付いた。

    甲「なぜこんな安宿のドミトリーに泊まっているのですか。」
    乙「人の出会いを大切にするためだ。良いホテルに泊まっても一人では意味がない時もあるからね。」と笑った。
    甲「今日はこれからどうするのですか。」と聞くと二つ返事で、
    乙「君が望むのならばオックスフォードの町を案内しよう。」と言い、

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    案内役をかってくれた。ここはハリーポッターのロケが行われた食堂だ、ここが不思議の国のアリスの話でモデルとなる裏庭だ、大学に600万ポンド寄付した産金王セシルローズの館だと地元の人しか知らないような場所まで連れて行ってくれた。午後になり博物館に着くと、最初から目当てのものが決まっているかのように案内してくれた。日本の展示品の場所や品名までこと細かく知っている。

    甲「日本について詳しいですね。」
    乙「日本には何十回も行っており、その文化にはとても魅力があり気に入っている。将来自分の研究する分野の比較対象にしたいとも思っている。」
    甲「禅ですか。」
    乙「そうだ、武士道にも興味がある。西欧文明は概して記号論に重点を置くが、日本の文明は探求心が自分の内側に向くようだ。それがとても興味深い。弓道がいい例だ。」
    甲「『弓と禅』(オイゲル・ヘリゲル)ですね。」
    乙「知っているのか。そう、動作や儀礼を元にした精神性に人格形成を求める思想だ。」

    ちょうど博物館の西欧文明の歴史展覧のセクションに通りかかった。

    甲「記号論について少しお話が聞きたいです。」
    乙「例えば陰陽。森羅万象は陰と陽の二つで構成されている。そして、陰と陽の二つが一つになって始めて宇宙が形成されている。ということは陰が1で陽が1、足すと2になる。しかし実際宇宙は1つしかないから答えも1のはずだ。1+1=1だ。」
    甲「数字の持つ意味が希薄になると。」
    乙「このギリシアの展覧物を見てみると、直線で四角をつくるように渦を巻いている模様が見えるだろ。これが西欧人の思考の仕方だ。東洋人の思考は曲線で円を描くように渦を巻くのではないだろうか。であるとすれば、西欧人は四角で東洋人は円。四角は高さと横の長さを出せば正確な面積を出せるが対角線を割り出すのが難しい。円では半径がわかればおおよその面積は出るが、円周率は無限に近い。つまり正確な答えは出ない。半径など割り出せる数字と対角線のように割り出しづらい数字を比べてみるとわかるかもしれない。」
    甲「数字の概念には具体と抽象があると。」

    古代エジプト文明の展覧を通りかかり、そこにある地図を見ながら、

    乙「ヒエログリフを知っていると思うが、古代エジプトは中国のように象形文字を使っていたんだ。しかし何千年もの時を経て地中海を渡りギリシア文明に移ろう過程で西欧文明は言語において象形文字から脱構築の局面を迎えアルファベットを手に入れた。さらに二千年の時を経て、数字が言語化されるようになってきた。これからもパラダイムシフトがあるのだろう。そして私は次の次元の言語について研究している。」
    甲「あなたの話を聞いていると構造主義を思い起こさせます。」
    乙「そうかもしれない。ヒトの認識は全て数字化できるのではないかと私は思う。彼らの言語が記号であるとするならば、色の識別や音の認識、もしかするとDNAも解読できるかもしれない。」
    甲「世の中から書籍が消えるかもしれないですね。」

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    話題は言語学から多くの分野に広がり、数時間の間会話が止まることはなかった。

    甲「最後に、仕事を辞めたのはなぜですか。」
    乙「仕事という意味が日本と西欧では大きく違うことは分かっているつもりだ。私の場合は運にも恵まれたのだが、30代である程度の年収を稼いだので仕事を辞めた。この時には生涯質素な暮らしをしていく分には十分なお金があった。だからそれ以上お金が必要だとは思わなかったんだ。40歳を過ぎたら考え方が保守的になるからね。その前には自分の哲学を研究し続けたかったんだ。世界中旅もしたかったしね。」
    甲「素敵な生き方です。あなたとは何かの縁を感じます。」

    別れの時が来た。

    乙「これは偶然では決してない。今回の出会いは私にとっても特別な意味合いを持っている。貴重な時間をありがとう。」

    と満面の笑顔で言い残し颯爽とオックスフォードの雑踏に消えていった。
    私は半世紀も生きた初老の堂々とした後ろ姿をしばらく目で追った。

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